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『るいは智を呼ぶ』感想

 【01//2008】

まず簡易的な感想ですが、
製作発表当時に期待していた程度の出来で、
体験版をやって自分に合わないんじゃないかと感じていた割りには波長が合った
といった感じです。
回りくどい表現のとおり、十中八九満足いくという出来ではないですね。
自分としては良作手前くらいの感じでしょうか。

投げっぱなしというよりは設定を設定としか扱わない部分もあるので、この設定の裏は?とかどういう意味が?とか気になる方にはむかないかと思います。
RPGで石版とか古文書とか出てきますが、「それ誰が書いたんだよ」とかそういう疑問はタブーです、それと一緒。
気にしてはいけません、魔王がいるから勇者がいて、勇者がいるから武器屋があるそれだけです。
以上、やった人ならわかる注意でした。(体験版をやればわかります
ちなみに自分はこういう割り切り方は嫌いではありません。


この作品の主役は「呪い」です。
作品内での「呪い」の役割はは早い段階で予測できてしまいますが、自分としては使い方が面白かったと思います。
個人的には、5月は「G線上」ではなくて「るい智」が出てほしかったですね。
「ef」とぶつかってくれたらおもしろかったのに(笑
自分だけかもしれませんが、「ef」をやっていたのでおもしろかったです。(作品同士の繋がりは全くないので、何言ってるの?と思われる方もいると思います。詳しい理由はまた後ほど)




では、以下ネタばれで感想を



















呪われた世界をやっつけてやる

というのだから、もっと話を広げてもいいのではないかなと思いました。
最終ルートにおいて彼女らは八つの痣を失う、つまり彼らが同類の証であるものを失ってしまいます。
しかし、それで彼らの関係が終わるわけではなく、エピローグにおいても中の良いメンバーであることが描写されています。
それはおそらくただの同類から友になれたから、仲間になれたからでしょう。
同盟ならば目的が達成出来れば終わってしまう。
友ならばいつでも助け合える、呼び合える。

それは良いのですが、自分はそれが少し狭く感じました。
なんとなくですが、世界というものの広さが彼ら7人だけで止っているような気がしてしまうのです。
聖痕もしくは呪いに全く関係のない登場人物で立ち絵のあるキャラクターって宮和だけなんですよね。
ストーリー上仕方がない気もしますが、描かれている交友(敵含む)関係が非常に狭い気がします。
無理がある点もありますが、より広く関わりを持とうとしている鳴滝シナリオが個人的には好きです。
エピローグで中途半端な印象を受けたのですが、同じような理由からですかね。それぞれに変化をみせてはいるのでそこから想像しろと言われれば出来ますが、成長した面の描かれ方がぞんざい過ぎるかと思います。
エンディングムービーのあたりで終わらせても良かったかなと思います。
茜子さんの最後の台詞とか智の独白は入れてもいいですがエピローグが中途半端かなと。


満足に感じなかった点を言えば結局一つなんです。
ED曲「宝物」の歌詞にもある“夢のその先”
それが描かれていない気がするんです。
この作品、結構癖が強いです、設定の扱い方だったり、キャラクター設定だったり。
呪いのせいというのもあるでしょうが、登場人物たちの悪い部分の表現が人によっては途中でプレイをやめる原因になると思います。
呪いを他人に知られるわけにはいかいない、踏むわけにはいかない彼ら7人は孤独だったというが本当に呪いだけのことなの?と。

また、この作品は物事の見方というのも扱っていたと思います。
嘘まみれの世界、こよりルートの智たち×小夜里、惠や佐知子、浜江の行為etc.
最終的には『呪い』の話に繋がるわけですが、そこにいくまでの話で広げすぎているように思いました。(昇華し切れていない)
例えば、大人=嘘、悪のような偏った考え方が見受けられるシーンがいくつかありました。
(るいルートのるいや、こよりルートの智など)
そのこと自体は問題ないのです。
ただ、彼らもまた大人になっていくわけです。
大人になったとき彼らが正しいと思えるだけの自分でいられると想像できるほどの描写がないように感じました。
物事の正悪の見方を扱うには惠の話やこよりルートの話では不足だと思います。
聖痕でも呪いでも構わないんです、その証を失った後彼らがどうなったのかというところで弱く感じました。
もし、円陣のシーンで終わり、智と茜子の回想で終わっていたなら自分の中の評価はもう1,2点くらい高かったのではないかと思います。


ここまで愚痴しか書いていませんが、嫌いな作品の感想を書くほど暇人でもありません。
嫌いではないです、こういう青臭い作品。
それが最近判明しました。
青臭くても真っ直ぐな作品が好きらしいです。(そういえば健速作品もそうですね)
「呪い」の意味が変わっていくのは良かったと思います。
それと同時にこの呪われた世界をやっつけてやるという意味も変わってきていると思いますし。
ふつうの彼らが呪われた世界をやっつけてやると誓うのならば、物語前半に特別だった彼らが誓ったことよりも意味を持つのではないでしょうか。
それを支えられるだけの描写が足りない気がするのが残念ですね。
個別ルートで徐々にストーリーを進めていくのは良いのですが、その分足りなくなっているのは完全な失敗だと思います。
伊代の呪いも力もあんまり関わってきませんし、惠の呪いと力も茜子ルートまでひっぱる必要性を感じませんから伊代シナリオなんかはいらないと思いますし。
あと残っている愚痴は省略。
何だかんだ言っても(書いても)こうして感想を書く気になっているのは最後のフレーズのおかげですかね。

だから、これは呪いの話だ――――。


最後まで呪いと書いたこと、「 」という言葉を使わなかったことが良かったです。
なぜかって、それは我々が感じたことだからです。
この作品の最大のトリックはこれだと思います。
楽しめなかった方にはなんだ今更ですが、楽しめた方にとっては最大の仕掛けになったのではないかと思います。
そう感じたことが重要ということでしょうか。
このフレーズによって登場人物たちとプレイヤーが繋がるのだと思います。
設定のうやむやと青臭ささえ割り切れれば楽しめる作品だったと思います。




「ef the latter tale.」をプレイされた方は「るいは智を呼ぶ」を、「るいは智を呼ぶ」をプレイされた方は「ef the latter tale.」をプレイしてみるとおもしろいかもしれません。(物凄く私見ですが

以下efのテーマに関するネタばれ含む。
efをプレイされた方はわかると思うのですが、智の最後の独想って、教会の前でのミズキの宣言と同じなんですよねぇ。
しかもそれが世界に対しての宣言であることまで同じだと思います。
そこがefをプレイしていたから面白かった点です。
最後のほうはニヤニヤです。(自分がニヤニヤした理由は『ef - the latter tale. 』感想を読んでいただけたらわかるかと思います)
efは5組の恋愛を描き重ねることで繋がりを描き、るいは智を呼ぶは同盟や呪いを用いて仲間に広げていき絆を描いた。
全く違ったアプローチの2作品ですが、描いていることには共通点も多く面白かったです。
(若々しさが過ぎる、悪く言えば幼稚な面があるというのは共通して良くないところだったりもしますが)
比べてばかりいるのは良いことだと思いませんが、たまには全く違う作品同士を比べてみるのもおもしろいと思います。
↑まで反転
ちなみに、完成度ではef、説定のおもしろさではるい智といった感じでしょうか。


それと、ともかく宮和、宮和ルート
ストーリーに全く絡まないけど宮和ルートが欲しい

は冗談(割と本気?)として、一番好きなキャラは結局体験版からずっと宮和でした。
こんなところで、ではでは~

追記:↓のほうにあるコメント欄でこのような感想になった理由を語っておりますので、気になった方はどうぞ。(長いものになってしまいましたが、自分の感想に説明不足な点があったので、読んでいただけると自分の感想がわかりやすくなると思います。)
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Comments

No title

言いたいことはわかるし同意できる点もあるけれど、この作品のその後に対する見解はちょっと違う。

この作品はその後も含めて青春のただ中にある。故に終わりのシーンもまた青春の途中でしかない。呪いからの解放は、特別から普通になり、同時に揺るぎない物をそれぞれに与えた。曲のタイトルの「絆」と「宝物」がそれに当たるだろう。それはいわば信頼・真義と同意であり、能力を失った彼らが手に入れた最も大切な物だろう。

嘘で固められた呪いのような世界・絆・宝物・やっつける。それぞれのキーワードが無限の広がりを見せてくれるような気がする。確定しないことで想像の輪が広がる事もあるはずだ。

色々説明不足が多いのも事実。正しさを悩んでいたのはあくまで物語を盛り上げるためのふりかとも考えられるし、一時同盟決裂になったシーンもライターの作為が感じられすぎる。呪いの真義も含めて実際シナリオを書いた人でないと答えられない部分が多いとは思う。
ただ、彼らが青春のさなかであるということが、この終わりと彼らの未来を無限で美しいものにしていると理解すれば、この形も肯定できるのではないかと思う。

智は最後までわからないと言った。花鶏は困ったら助けろと言っている。こよりはしっかりと歩いていくと言った。聖痕と能力がおこした夢は絆と宝物を残し過去になった。呪いは消え、それでもみんな呪われているらしい。

彼女たちはこれから呪われた世界を歩んでいくだろう。かつてのように助け合いながら。だから、夢のその先も呪いをやっつける話になるんだと思う。そうであって欲しいと思う。

だからこれは呪いの話だ。

あと正直倒置法の多様はよくないなと思いました。

Posted at 04:17:59 2008/10/07 by 風船に空気を入れる感じで考える人

Comments

No title

To 風船に空気を入れる感じで考える人さん

コメントありがとうございました。
遅くなりましたが、コメント返しをさせていただきます。
長文になってしまいましたが、私が本文のような感想を書いた理由を書いてあります。
(長文でほんとにごめんなさい、本文より長い気がします)

>この作品はその後も含めて青春のただ中にある
そのことは理解した上で上記のような感想を書いたつもりです。
ただ、風船に空気を入れる感じで考える人さんのコメントを拝見してもう一度考えてみると、この作品は子供・大人といった意味に通ずる成長に関しては扱う気がなかったのかなと考えるようにもなってきました。
風船に空気を入れる感じで考える人さんのおっしゃる「無限で美しいもの」の対偶にあるものとして大人を登場させている感があります。
そう考えると割ときれいなつくりをした作品だったような気もします。
自分が気になっていたのは大人に対しての一方的とも取れる負のイメージがたちに出会うことやの父親を知ることで変化していくものもあったのではないかということでした。
後述の道を違えるとも関連して大人という表記を使いましたが、考えてみるとライターさんが冒険活劇やを描くつもりだったのならば、私の期待は的をはずしているものかもしれませんね。


>確定しないことで想像の輪が広がる事もあるはずだ。
確かにそうだと思います。
こよりシナリオは私もそう考えています。
私が疑問に感じたのはあのエピローグを入れる必要があったのかということでした。
私にとってあのエピローグは描かれている時期、長さともに中途半端なものでした。
私が彼らを信じきることが出来なかった理由はあのエピローグにあるかもしれません。可能性を描くのならばEDロールで終わってもかまわないと思います。
それでは締まりが悪いかもしれません。
智と茜子の台詞を挿入しましょう。
しかし茜子にあの台詞を円陣後直後に入れても信憑性に欠けます、実感が伴ったものでなければなりません。
ならば事件から期間をおく必要があるでしょう。
ここまではエピローグの効果として納得がいくのです。
佐知子や浜江のその後は大切な人を失っても生きていく姿を描いています。
これも納得出来ます。
私が中途半端に感じてしまったのは同盟の人間についての描写についてです。
こう言っては何ですが、あの程度の成長はあって当然だと思うのです。
もし、聖痕を失ってからの日常が描かれていたのならあのエピローグも納得がいく(長さの問題)のですが、わざわざ描くことなの(時期の問題)?と疑問に感じたのです。
聖痕と呪いが消えた当然の結果ではないかと思うのです。
こう思うことを説明するには呪いについての自分の考えを述べなければなりません。

>彼女たちはこれから呪われた世界を歩んでいくだろう
>だから、夢のその先も呪いをやっつける話になるんだと思う。

「呪い」という単語は作品冒頭では花鳥のいう「聖痕」や智を取巻く状況を指していたと思います。
それがるいや茜子達を含めたせかいに変わるのだと思います。
自分が良かったと思ったのはこの点です。
「この呪われたせかいをやっつける」
の『呪い』や『世界』の指すところの意味が変わっていっていると思うのです。

だからこれは呪いの話だ。

『呪い』には特徴的な性質がありました。
人と接しなければ呪いが発動しないということです。
生まれた段階から一人で生活できるはずはないですから、鳴滝についても生活圏内は確保できると思います。
小さいせかいに暮らすならば呪いを踏むこともないと思うのです。
央輝もこの例に入るのではないでしょうか。
また、恵にしても必要なのは他者の命であり、純粋に他者を必要とはしません。
彼女が冷血で人の命をモノと考える人物だったのなら他者を必要としているとは言えなかったと思います。
この「呪い」は聖痕に関する呪いです。
呪われた世界の「呪い」とは理不尽さのようなものだと思います。
もし、るいに出会わなければるいの親戚に苦い思いをすることもなかった。
もし、こよりに関わらければ三宅や宇田川に怒りを感じることもなかった。
もし、惠を深く知らなければ彼女は只の悪で終わっていたかもしれない。
etc.
そう思うのです。
聖痕の呪いも呪われたせかいの呪いも根っこにあるものは同じだと思うのです。
だからこそ、「呪い」は「絆」にも変わるのではないでしょうか。
仮定に仮定を重ねるのはよくないことですが、呪いの一番の呪いとは呪いを恐れて他人と関ることができなくなるということではないでしょうか。
誰かと接するということは良いことも悪いことは起こり得るということではないでしょうか。
「聖痕の呪い」によって孤独になってしまった彼らですが、あれは「呪われた世界の呪い」を強調しただけのものではないかと思うのです。
だからこそ、「聖痕の呪い」を解くためには8人が集まるというリスクを必要としますし、意味があるのではないでしょうか。
惠は呪いの解除を阻止する役割を持つわけですが、人が集まれば意見が対立することもあります。
全ての望みを叶えることができないこともある、自分たちの思うように進まない、横槍が入ることもある、作品中で描こうとしていたことは間違ってはいないと思います。

ただ、物足りないのです。
感想に書いた孤独だったというが本当に呪いだけのせいなのか?という点です。
他者と繋がることで呪いが発動するというのは誰にとっても同じことではないのか、そう思うからです。
(嘆いていても始まらない)
この作品は登場人物の短所も描いています。
聖痕の呪いに全く関係ないとは思いませんが、それだけが短所の原因ではないと思います。
「聖痕の呪い」というのは「呪われた世界の呪い」を強調したもの、だから「力」を彼らは持つ、そう考えれば50:50だと思います。
彼らは特別であって特別ではないのではないか。
呪いのせいにはできないと思うのです。
それが気になって仕方がありませんでした。
エピローグではそこが描かれていません。
描かれているのはほとんど同盟の6人だけです。


>能力を失った彼らが手に入れた最も大切な物
彼らとは同盟の6人だけでしょうか、私は央輝も入ると思います。
しかし智たちと央輝がともに過ごしているような描写はありませんでした。
それは当然のことだと思います。
それぞれにそれぞれの事情、生き方があるでしょうから。
別れはあるものだと思います。


私は何も彼らに別々の道を歩ませろと言っているわけではありません。
彼、彼女らにはそれぞれに属するコミュニティというものが複数あります。
それがそんざいに扱われている印象があるのです。
「るいは智を呼ぶ」
るいでなければ出会わなかった智かもしれません。
ですが類だけが友を呼ぶのでしょうか?
宮和は聖痕とは全く関係ありません。
彼女はどうでもいい存在なのでしょうか?
花鳥は、こよりは、伊代は、るいは、茜子は学園?学院?で聖痕を失ってもなおも孤独なのでしょうか?
私がこよりシナリオが好きなのはこのことによるもので、呪いを踏む危険を冒しながらも他者との広がりに期待を持てる、それが良いと思うのです。


この物語、実は同盟をつくった時点でほとんど話は終わっていると思うのです。
同盟結成後は同盟を強める内容に終始していると言えます。
エピローグも描かれているのは同盟のことがほとんどです。
特別な存在同士が集まった、そこで止ってしまっている気がしてしまうのです。
私としては特別ではない、普通の彼女らが手に入れたものを見たかったと思います。
構成で分けるのなら、同盟結成前が一章、結成後~呪い解除までが二章、その後(エピローグ)が三章だと思います。
次の章に進んでもあまり進歩がみられない、それが不満の要因でしたがあの程度の成長は呪いが消えれば当然と書いた理由は以上のような考えからです。
円陣の誓いのシーンで終わっていればもう1,2点自己内評価が高かったと書いたのもこのためです。
結局、この作品で彼らが得たものは特別だった頃に彼らが得たもので、普通に戻ってからの彼らが得たものの描写がない、もしくは少なすぎるのではないかと思うのです。

呪われた世界をやっつけてやる

私は特別な彼女らではなく、普通の彼女らが手にしたものが見たかったのです。
終盤、智は孤独なんてありはしない。孤独でいることさえ許されない。
と言っています。
一人で生きる世界なら、自分が望むままに、変化を望まないならそのままに進むでしょう。
でもこの世界は呪われているんです。
明日になればわからない、だからこそ愛おしく感じるのでしょう。
確かなものである「宝物」、不確かなものである「呪われた世界」どっちも愛しているというのが茜子や智のメッセージだと思います。
宮和に秘密を打ち明けるでもいい、"ピンク"を結成するでもいい、それら以外のなんでもいいんです、もう一歩「呪われた世界」に踏み込んだ描写が欲しかったんです。
どちらかというと確定的な同盟以外のものが。
この台詞はもっと重みを増せたのではないか、広げることができたのではないか、そう思うのです。
そして、それが私のなかでは美しい未来を想像する(=彼、彼女に期待する)土台として必要不可欠なものだったんです。


>この終わりと彼らの未来を無限で美しいものにしていると理解すれば、この形も肯定できるのではないかと思う。
>そうであって欲しいと思う。
そうですね、自分もそうであって欲しいと思います。
ファンタジーという意味での夢と希望や目標という意味での夢両方を感想中で用いたためわかりづらくなってしましましたが、後者の意味では続くのだと思います。
本記事の感想は本当はもっとより多くのことが描けたのではないかという、いわば私のわがままのようなものです。
色々と恥ずかしいことを書いている気がしますが、大目に見ていただけると助かります。
それでは、また何かありましたらコメントをお願いします。

Posted at 11:36:46 2008/10/11 by pom

Comments

すごいですねぇ

考え方がすごいなぁ、驚きです。

私は純粋に面白かったと思うだけで不満は智声立絵
とかだけでしたねぇ。
どんな設定でもだいたい納得理解してしまうものでこういうのって新鮮です。

孤独の理由なんて呪いが原因で納得できてしまってたので。
三つ子の魂百までと言うのは本当のことで実はそれまでに感情を司る神経系がそのとき受けた感情で発達するらしいです。
なので生まれてから呪いで制限かかってる暮らしなんてしてたらそうなるのかなと思ってました。
後は自分を捨ててキャラの位置に立って世界を見たりすると「ああ、そうなのか」ってなったりして受け入れてしまいますね。

みんななんだかんだで呪いの制限で他人と違うっていう特別意識がありましたからね、そういうのが考えの先に来ると結構すぐにあきらめが来ますからね特に特殊な状況下での「わかってくれない」ていうのはすごく堪えます、呪いなんて誰に言ったところで赤の他人には信じてもらえませんから、そういうところでも呪いだなと私なら引きこもり確定ですから、彼女ら結構がんばってましたよね。

各ルート全体的な話としてはつながっていますけど世界的に全部ちがいますからたまに頭ごっちゃになりました。

私もこよりルートが好きです。フルメンバーで仲良しですし。智が一番輝いていた瞬間かなと。
EDの一般社会との決別も野性的な感じでイイ。

文の書き方は個人的にストライクでしたラノベとか読み漁ってるので変な文章構成とか大好物です。前半のアレは特に。

やっぱり「孤独」とか「絆」
を題材にした話は好きですねぇ、ラノベだと「薔薇のマリア」とか「ダブルブリッド」とかちょっと違うかもしれないけど個人的に「断章のグリム」も読むとモノの見方がちょっと変わるのでいいです。


ふむ、結局何が言いたいのかわからない文になってしまいましたねそして独りよがり。それもまた一興かな?では、
終わります。

Posted at 21:19:20 2009/02/19 by グラネリオ

Comments

No title

To グラネリオさん

初めまして。
>三つ子の魂百までと言うのは本当のことで実はそれまでに感情を司る神経系がそのとき受けた感情で発達するらしいです。
あぁ、聞いたことがあったようなんかったような、失念してました。

孤独の理由というか、智自身が「孤独なんてありはしない。孤独でいることさえ許されない」と言っているので、それが気になっているというのが正しいですかねぇ。
智が自分が孤独だったと認めてしまうと、姉を否定することになると繋がると思うのです。
彼女は狂ってはいましたが、基本的には智のためだったはず(だよね?)、それを否定することになるかと。
本当に孤独だったのか?、姉を救うことはできなかったのか?という智の後悔が最後の部分に描かれていると思います。
宮和のことを自分の感想内に出しましたが、彼女なんかも智にとっては何だったのか?という疑問が出るのです。
自分が友達だと思っている人間に、私は孤独だからなんて言われたら傷つきませんか?
そこまでの描写がないので、指摘としては不十分なんですけれどね。
だから私のわがままなのです(苦笑

花鳥やこより、伊代って家族がいるのに孤独って言い切っていいのか?と思うんです。
孤独になってしまった原因は呪いにもあったのだろうけれど、家族のことどう思ってるんだ?と。
花鳥は家族仲が良くないですけれど、伊代って仲良さそうですよね。
こよりシナリオでは姉のことが出てきますが、こよりは姉との仲を改善する努力をしたのか?呪いのせいだけにはしてなかったのか?と。
恵は、自分が孤独だったなんて言わないんじゃないか、とか思ったりです。佐知子や浜江のことを大切に思っていたように感じるので。
るいにしても彼女のギターに憧れた人がいてそういう人を無視してよかったのかなぁと。

>孤独の理由なんて呪いが原因
ここまで書いておいてアレですが、別にこれでよいのですよ。
でも、彼、彼女は力とともに呪いも消えてしまったわけで、この先呪いのせいにして生きるのってつらいのではないかなと。
それっておもしろくなさそうで。
同盟があるからいい、なんて言うかもしれないけれど、彼女たちは学園が違うんです。
呪いがなくなったのに、学園で生活している間は孤独って悲しくはないですか?

「コンチェルトノート」という作品では、好意であっても悪意であっても想いが強ければ縁になるということが描かれています。
それは自分が「るいは智を呼ぶ」にも感じたことで、
数え切れない人たちの、
数え切れない想いと命が、

僕らの場所へと通じている。


(中略)

運命のように、宿命のように、
僕らはそのくびきに囚われている。

とは、そういうことじゃないのかと私は思ったのです。

触れ合うことでしか生まれないもの。
そんな形のないものが、僕らの意味だ。
だから、僕らは手を繋ぐ。

(中略)
繋がらない心を重ねて。
この呪われた世界を、やっつけるために。
ぼくらはみんな、呪われている。
みんなぼくらに、呪われている。


形のないものが僕らの意味だと、触れ合うことでしか生まれないものだと言う智です。
繋がらない心だとも言います。
この呪われた世界を、やっつけるために手を繋ぐとも。
ならば、「みんな」は同盟に止めていいのか?もっと広げられるのではないか?
せっかく学園が違うのだから、他の作品のような1つの学園での出来事ではないのだから、「せかい」が同盟で止っていていいのかと思うのです。
そこまで描く土台がありながら、最後にそんな言葉を残しておきながら描かなかったのではないか、というのが私の最大の不満なのです。
そして、そこまでエピローグで描いていたのなら、その時の彼らは普通の彼らなのだから、「呪われた世界をやっつけてやる」という言葉はもっと良くなったと思うのです。
今のエピローグでは、類(だけ)が友も呼ぶになってしまってはいないかと。
まぁ、そんな感じです。
また、返信が長くなってしまいました、ごめんなさい。

>やっぱり「孤独」とか「絆」
>を題材にした話は好きですねぇ
自分も好きですよー
>「薔薇のマリア」とか「ダブルブリッド」とか「断章のグリム」
知ってはいるのですが、ラノベを読み始めたときには発売されていて手を出していないのですよねぇ。
時間とお金に余裕ができたら読もうと思います。

ではでは。
追記:グダグダ書きすぎたせいで論点が分かりにくいので、簡潔に。
智の台詞が、描かれている内容のかなり先を行ってないか?ということ>>描写不足じゃない?といいうこと
ほんと、分かりにくくてすみません。

Posted at 09:13:44 2009/02/20 by pom

Comments

No title

初めまして。

記事とコメ欄を拝見致しました。
簡潔に私の感想をば。

私はるい√と茜子√は裏表の様に感じられました。
最後の智の独白をるい√で入れても違和感が無いからです。

全体的に物足りないとは思いました。
茜子√のエピローグ限らず、その先は?もっと先を見たいという思いが湧き上がるからです。

逆説的に茜子√のエピローグは他のエンディングと同じ扱いでもいいかと考えています。
茜子√はあくまで茜子√であり物語の真のラストだとは思っていないからです。
呪いが解けて成長、では無く呪いが解けたからこうなった、と。

淡白な感想かもしれませんが↑の感想を含め、この作品が好きです。

以上です。

Posted at 04:23:32 2010/02/23 by フラフラジール

Comments

Re: 大変、返信が遅くなりました

初めまして。
大変、返信が遅くなってしまい申し訳ありません。
誠意に欠ける対応となってしまい弁解の余地がないのですが、
訪問を続けていただいているようなので、返信させていただきます。

「 呪いが解けて成長 」というのは自分の書き方が悪かったように思います。
ぼくらはみんな、呪われている。
みんなぼくらに、呪われている。
作品冒頭で孤独だと言った智が、このように回想していることが成長であり、
成長した彼らが得たものの描写が"少ない"印象でした(記憶が怪しいですが)

この感想を書いた当時、(今も好きですが)兎に角「るい智」が好きだったので暴走してしまったのです。
>その先は?もっと先を見たいという思いが湧き上がるからです。
と、フラフラジールさんも書かれていますが、自分もその先がみたかったのです。

また、茜子さんが正ヒロインなのか、というと若干の違和感があります。
いくつもの可能性がある中で、
傍にいるのが茜子であることが茜子さんを魔女足らしめると思うからです。
要するに誰が正ヒロインであってもおかしくないと。(例え宮和であっても!


言い訳をするのならば、当時の自分には
・主役が8人にいるにも関らず、生活感がほとんどの登場人物に感じられない(要は描写が少ない)
・後半になると物語がアンダーグラウンドへとシフトするが、全体像が明かされない
上記二点から、彼らのいう"せかい"というのものがひどく薄いものに感じられてしまったのです。

この作品は智との出会いから話が展開しますが、描かれているのはほとんどメンバーとの場面です。
(製作のことを考えれば当たり前ですが)
"みんな"というが、"みんな"とは誰なのだろうか、
そこに宮和は含まれているのだろうか、
モブキャラの~はどうなのだ、
という具合になってしまったのです。

余談ですが、
私の意見を述べるのならば"みんな"とは
関り"合った"人すべて、そしてこれから関り"合う"人すべて なのだろうと考えています。
そして"せかい"とは彼らが出会う事象すべてではないかと思っています。

コンチェルトノートという作品は学園を主の舞台としており、頻繁に街にも出かけるため、
コミュニティを内包するのが上手かったと思います。
もし未プレイでしたら、プレイしてみるのもおもしろいかもしれません。
(自分としては、るい智のほうが好きですし、おもしろいと思っています)

Posted at 08:25:00 2010/08/30 by pom

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